【特別寄稿】パチンコ産業の歴史㉕ 2004年の規則改正、パチスロは5号機時代へ(WEB版)/鈴木政博

1. 規則改正後のパチスロ市場
2004年7月1日の改正規則施行後、約3ヶ月後の10月12日には新基準機第1号機が適合し順調な滑り出しを見せたぱちんこ機に対し、パチスロは初適合までに長い道程を強いられることになる。元々この規則改正は、パチスロの射幸性を規制するという意味合いが強く、またあまりにも大幅に規則が改正されたため、各メーカーもその対応に苦慮していた。

例えば「ボーナス図柄が揃う時にコインの払い出しができない」という点に関してだけでも、「ボーナスフラグ成立後は最大限、ボーナス図柄を引き込まなければならない」という点との両立を考えれば、左リールの7図柄付近にチェリーを置くのが困難になる。「777」揃い時にチェリーが枠内に出てしまうと払い出しが発生してしまうからだ。合わせて「一状態・一停止位置の原則」や「リプレイの100%引き込み」など4号機時代とは違う点が多くあり、どのメーカーも「配列と制御」に関し当初は試行錯誤の連続であった。

一方、改正規則が施行される直前まで駆け込み申請として型式試験に持ち込まれていた4号機は、規則改正後も適合機が出てきた。2004年10月以降、続々と新基準機の適合を受けるパチンコに対して、パチスロは長く適合できなかった。5号機時代に突入したにもかかわらず、4号機ばかりが各都道府県の検定を通過し市場に登場してくる、という状況が続いた。しかし、この状況はホールにとっても最後の駆け込み導入のタイミングとなった。コイン単価が2円を切るといわれていた5号機よりも、導入できる4号機があるなら、その方が使えると考えるホールは多く、当時のホールは「新基準パチンコ+4号機パチスロ」という入替が主流になっていた。5号機が適合しないパチスロでは、2005年3月に4号機のロデオ製「鬼武者3」が発売され大ヒットしたのを始め、アビリット製「鬼浜爆走紅連隊」など4号機が続々と市場に投入されていた。

そんな中、ついに適合した最初の回胴式遊技機である5号機は、パチスロではなく5号機から認可された「パロット」だった。2005年5月16日に保通協を適合したSANKYO製「CRP花月伝説R」がそれだ。パロットとは「遊技球で遊技するパチスロ機」であり、パチスロに上皿が付いた形状でパチンコ玉でBETする新型機だ。そしてメダル式のパチスロ機として最初に適合したのは、ビスティ製「新世紀エヴァンゲリオン」となった。どちらも日電協メーカーではなく日工組メーカーだったため、一部では「パチスロ4号機を自粛できなかった日電協への、行政の不信感が原因か」などというウワサまで乱れ飛んだ。しかし現実の市場においては、売れる機械は前述のとおり「4号機」ばかりであった。

中でも2006年3月に発売されたロデオ製「俺の空」は、その残された検定期間の長さもあり、異例のロングランヒットとなる。さらにはビスティ製「トゥームレイダー」が2006年9月に発売。同10月には山佐製「鉄拳X」も発売され、市場に最後に発表された4号機となる山佐製「ネオフルーツチャンス」発売後においても、主流となるホールでの入替機種は「俺の空」増台など4号機がメインである状況は続いた。2004年7月1日に改正規則が施行され、その直前に持ち込まれた4号機パチスロは、最終で2004年8月~10月ごろに適合している。検定期間は3年間なので、この頃に適合した機種については最大で2007年の秋口あたりまで残っている。平和製「麻雀物語」が2007年9月16日、SANKYO製「夢夢ワールドDX」が9月20日、そして最終の適合機であるロデオ製「俺の空」が10月1日まで検定期間があった。結局、検定期間の残りが半年前後となる2007年初頭まではこれら4号機がメインとして売れ続け、5号機市場へ大きく変わることはなかったのである。

CRP花月伝説R

5号機初の保通協適合回胴式遊技機
「CRP花月伝説R」(SANKYO製)

2. 4号機の検定期間切れから、ついに5号機・黎明期へ
そんなパチスロ市場で、4号機がメインで売れている真っ只中にあっても注目された機種がある。2006年4月に発売されたサミー製「ボンバーマンビクトリー」だ。

この機種は、RTに突入すると左リールにチェリーが止まることによりパンクする、という仕様だった。しかし、この単純な仕様が問題視されることとなる。新規則からは「成立したフラグは全て入賞したと仮定するシミュレーション試験」が行われていた。したがって、保通協のシミュレーション試験時には「RT中にフラグが立ったチェリーは全て揃える」という試験を行うため、チェリーフラグが成立した瞬間に必ずRTが終了することとなる。しかし実際には、液晶上に「チェリーをハズせ」という内容のナビが出るため、遊技者はチェリーを目押しでハズしRTパンクを回避する。ここに、保通協の型式シミュレーション試験よりもホールでの実際の出玉率が高くなってしまうポイントがあった。この性能はサミー製「スパイダーマン2」でも採用され、同機は当時の5号機としては異例のヒット機種となる。

しかし、行政の対応は早かった。「特定の性能を有する回胴式遊技機に係る試験申請時の添付書類について(通知)」が2007年7月に通達。2007年9月1日以降の型式試験持ち込み機種については「客が最大の出玉率を得ることができる遊技方法」と「その客への指示の具体的内容」を添付しなければならなくなった。ここからまた、パチスロRT機種は再び勢いをなくしていく。以降、さまざまな解釈基準の緩和や開発者のチャレンジにより後に「ART」が市場を席巻するのはご承知の通りだが、その経緯については、後にあらためて詳しく書きたい。

さて2007年になり、4号機の検定切れが見え始めた1月。北電子が発売した「アイムジャグラーEX」が空前の大ヒットを飛ばした。初代ジャグラーから長年Aタイプに取り組み、4号機時代も「純Aタイプ」にこだわり続けた姿勢が、ここでついに開花したのだ。「アイムジャグラーEX」として20万台、ジャグラーシリーズ累計では30万台以上という驚異の設置台数を確保し、しかも安定した稼働を見せたこの機種は、5号機黎明期の代名詞となるタイトルとなった。

アイムジャグラーEX

冬の時代と言われた5号機初期において空前の大ヒットを記録した「アイムジャグラーEX」(北電子製)

(以下、次号)

■プロフィール
鈴木 政博
≪株式会社 遊技産業研究所 代表取締役≫立命館大学卒業後、ホール経営企業の管理部、コンサル会社へ経て2002年㈱遊技産業研究所に入社。遊技機の新機種情報収集及び分析、遊技機の開発コンサルの他、TV出演・雑誌連載など多数。

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